「若いっていいな」と思った。そうしたら、自分を振り返って恥ずかしくなった。
ことのはじまりは、数日前、ウェブをさまよっていたことだった(ここのところ仕事が暇なので…これまた恥ずかしいことだが、それはさておき)。わさびーさんのはっぴーじむなすと@Linuxを訪れたところ、「Pythonの習得も兼ねてUbuntuのアプリでも作っていきたいと思います。何か希望があればコメしてくださいねw」と、さらっと書いてあった。そこで、年来の「こんなのが欲しい」というのを失礼を省みずコメントしたら、さっそくとりかかってくれた。何とも気持ちのいいレスポンス。
プログラムがどの程度大変な作業なのか、プログラマでない私には想像がつかない。だから、わさびーさん独力でどこまでやっていただけるのかもわからないが、そこはオープンソースの世界、本当に役立つものなら、きっと協力者が現れるだろう。ともかくも、誰かが手をつけてくれたということが、私にとっては重要だ。コメントひとつでさらっと動けるわさびーさんに感謝である。
それに、わさびーさんの勘のよさにも驚いた。コメントでちょっとだけ書いたことから、まるで私の頭の中を覗いたようなGUIデザインが出来上がっている。ツールそのものも嬉しいが、自分のアイデアが理解されたということが本当に嬉しい。
実は、今回手をつけてくれたツール、2年ほど前に別のブログで「こんなのが欲しい」と書いたことがあった。そこはIT業界のベテランが居並ぶ場だから、実力からいったら相当なプログラマもたくさんいたに違いない。けれど、誰も「じゃ、やってみましょうか」と言ってくれる人はいなかった。そりゃ、私の書き方が悪かったのかもしれないけれど。唯一、友人がコメントしてくれたけれど、特に進展のあるものではなかった。
この反応の鈍さと今回の軽さを思い比べて見ると、「やっぱり若いっていいなあ」と思う。わさびーさんは、まだ学校の期末試験に悩まされるような若さ。経験を積んだ人なら躊躇してしまうようなことでもポンッと気軽にチャレンジできるのは、その若さの力ではないかと思ったのだ。
けれど、サン=テグジュペリが「誰もがいちどは子どもだった」と書いたように、誰もがいちどは若かった。私だって、高校生の若さをもっていたころがある。そのころ自分が何をしていたかといえば、「大学に入ったら好きなことができるんだから、いまは我慢しなさい」という根拠のない言葉に惑わされて、好きなことからは目を背け、かといってバカバカしい受験勉強なんかする気にもなれず、ひたすら時間を潰していた。軽やかにチャレンジするどころか、ちょっとでも動くチャンスに対しては全て「受験前だから」という口実をつくって、ひたすら自分の殻に閉じこもっていた。
「若さ」がいいのではない。確かに若さには、柔軟さや体力という強力な武器がある。けれど、年をとれば年をとったで、経験やカンといった武器が身につく。そういった武器を活かすかどうかは、その人の生き方であって、若さではない。「若いっていいなあ」と言いながら、自分に若さがないことを口実に逃げ回っているのは言い訳でしかない。
それでもやっぱり、「若さっていいなあ」と、思わずにいられない。そして、そう思いながら、それを恥ずかしいと思う。自分はといえば、何十年たっても、相変わらず、逃げてばかり。やれやれ。
わさびーです。
記事にまでしていただいたんですね!ありがとうございます
こんなふうに書かれると何だか恐縮してしまいますね
勘がいいなんて、全然そんなことありませんよ 汗
ただ、プログラムも習得できるし、オープンソースにも貢献できるから、とはじめたまでですから。
あと、プログラムの方はちょくちょく進んでいるので、
またブログも見にきてくださいね。
わさびーさん、コメントありがとうございます。いや、年寄りの愚痴です。すんません。
それよりなにより、プログラム、非常に楽しみです。無理のない範囲でよろしくお願いします!