私はファクスは嫌いである。昔から、送ったの送らないのというトラブルが絶えない。いまだに白紙のファクスが届いて、よく確かめてみたら原稿の表裏が逆だったというようなことも起こる。ファクスの文字は読みづらい。ページが切れたり印刷がおかしいと復旧できない。すぐに用紙やインクリボンが切れる。回線が中断したら、さっき届いた文書をまた最初から再送信してくる。20枚も送ってきて21枚目でエラーになって、結局はどうでもいいような内容が再び送られてきたりしたら頭に来るどころではない。感熱紙で受信したら、すぐに色褪せて読めなくなる。ファクス使って「ああよかった」と思ったことなんかない。
だから私は極力ファクスなんか使いたくないのだが、世の中の仕事標準がファクスの存在を前提としているから、「ファクスはありません」なんていったら仕事と信用の両方をなくしてしまう。泣く泣くファクスと付き合ってきた。
それでも、ある程度納得してファクスを使えていたのは私が旧世代のMacintoshを使っていた1990年代半ばから2000年代頭にかけてだった。この時代、私はファクスに特化したモデムを使っていた。普通のファクスモデムよりは相当に専門的な、ある意味ニッチな機械である。商品名はVomaxといって4万円ちょっとしたのを記憶しているが、通常のファクスモデムの機能に加え、留守番電話、ファクスのメモリ受信、その他諸々の多機能を備えていた。それでいて外見は普通のモデムと大差ないのだから、いま思ってもすぐれものだった。
とくに重宝したのは、ファクスのメモリ受信だった。ふつう、ファクスモデムでファクスを受信しようと思ったら、常にモデムに接続したパソコンを立ち上げた状態で、ファクスソフトを常駐させておかなければならない。これがパソコンをファクス機の代用にするという方法がついに定着しなかった原因だろう。ファクスが着信したら、受信操作を慌てて手動で行うか、さもなければ自動受信できるように回線をファクス専用にしておかないといけない。とっても使いにくいのがファクスモデムのファクス受信機能だった。
ところが、このVomaxは、モデムの電源だけを入れっぱなしにしておきさえすれば、ファクスが入ったら勝手に受信してくれる。呼び出しの設定を例えば10回にしておけば、10回呼び出しても電話に出なければ自動で回線をつないで留守番電話に入る。このときファクス信号があればファクス受信。もちろん、手動でとった電話をファクスに切り替えることもできる。要するに、ごく普通の家庭用ファクス電話と同じ機能が実現されていて、しかも受信したファクスはモデムのメモリに保存される。このデータを、都合のいいときにパソコン側から読みにいってやれば、画像データとして受信ファクスがパソコン内に保存される仕組み。
こんなふうに書いても、便利さは実感されないだろう。実際使わなければ、あの手軽さ、便利さはわからない。唯一の欠点は、受信直後はデータがモデム内にあるため、ファクスを送った直後に「いま送ったファクスの3枚目を見てほしいんだが」みたいに電話してくる癖のある人と付き合うのがしんどいということだった。適当に誤魔化しながら、当時の速度の遅いパソコンでデータをダウンロードし、レンダリングする時間を稼ぐ。だって、「パソコンで受信しているのでまだ処理中です」みたいなことを言っても大半のひとには理解されないのだから。ああ、もうひとつの欠点はいちいちスキャンしなければファクスの送信ができないこと。これが面倒だといって、事務所のひとには嫌われていたな。
ともかくも、その夢のような機械は、老朽化と時代の進歩にドライバが付いていかなかったことの2つの理由から退役せざるを得なくなった。その後は普通のファクス機を使ってきたのだが、時とともにどんどんあのVomaxが懐かしくなってきた。その理由は、仕事柄、受信したファクスをスキャンしてメールに添付しなければならないケースがどんどん増えてきたからだ。昔に比べて画像をメールで送るのが非常に気軽になってきた。そうなると、受信したファクスを改めて画像に変換するのはいかにも手際が悪い。さいしょっから画像として受信できれば何も苦労はないのにと思うと、だんだんと腹が立ってきた。
そこで、Dellに乗り換えてパソコンが1台余ったのを機会に、余ったパソコンをファクス受信専用機にしてかつてのVomaxの機能を再現してやろうと目論んだ。余ったiBOOkにはモデムが内蔵されている。このモデムを電話回線につなぎ、システムをスリープさせて着信信号でスリープから復帰、ただちにファクス受信体制に入るように設定するという計画だ。iBookで受信したファクスはLANでDellに送り、必要に応じてプリントアウト。まず9割方はプリントアウトの必要はないだろうというのが私の読みだった。
ところが、である。モデムなんて使わないからそれまで調べもしなかったのだが、実はPCユーザー向けLinuxの最大の弱点のひとつは、実はモデムの認識だったのである。知らなかった。
いろいろ調べてわかったのは、実はモデムには、本当のモデムと、ソフト・モデムの2種類があるということだった。本当のといういい方はおかしいが、ハードウェア的に自立したモデムが本来のモデムらしい。これなら、Linuxでも扱える。ところが、一方のソフト・モデムというのは、ほとんど電話のモジュラージャックの差し込み口と入り口の信号変換器だけでできているようだ。モデムとしての通信機能は、メインプロセッサ内で動作するソフトウェアで処理される。だから、OSが変われば肝心要の部分が動作しなくなる。 Linuxは、これを苦手としている。
いちおう、Linuxにもこういったソフトモデムに対応したソフトはあるらしい。しかし、実に数多くの種類のモデムのすべてをサポートする万能のソフトはないらしく、細かな設定が必要になる。UbuntuのWikiには詳しい解説があるが、まずは診断ソフトをダウンロードし、それを走らせ、レポートを読んでそのレポートの指示にしたがって設定していくということになる。私には到底理解できなかったが、それでもと思ってこのscanModemという診断ソフトをダウンロードしてみた。しかし、レポートに書いてあることがちんぷんかんぷんだったので、いろいろと試した挙句に降参。
UbuntuでダメならMacでと思ったが、このソフトモデム、質の悪いことに、Macで定番のFaxユーティリティーであるFAX Stfが扱えない。やっぱり「本当のモデム」でないとダメなようだ。となったら、予定を変えてDellでファクスを受信するかと思ったが、Dellのノート型内蔵のモデムも当然のようにソフトモデムで、同じくscanModemを走らせても対応できない。ならばWinでとも思ったが、やっぱりWindowsのソフトでも対応していない。いったい何のためにモデムが付いているのかとちょっと切れそうになった。
かくなる上は、「本当のモデム」を外付けにするしかないと思った。以前、中古電器屋をのぞいたときには、古いモデムがタダ同然の値段で山のように売っていたからだ。ジャンクの山からいくつか適当に買ってくれば、ひとつぐらい使えるものがあるだろうと思った。 ところが、時代の変化は急速で、もう外付けモデムなんてほとんど売っていない。やっといくつか発見して、そこで自分の抜け作に気がついた。外付けモデムを接続するシリアルポートなんてないじゃないか。
頭を抱えていろいろ調べたら、USB接続のモデムというものが存在する。あるいはUSBとシリアルポートの変換器か。しかし、いずれにせよ入手困難なレアアイテムになってしまっていて、中古で安くというわけにはいかない。1万円も出せば十分入手できるが、しかし、本当に外付けモデムなら確実にLinuxで動くのかどうかということについて、私に確証があるわけではない。1万円出してUSB接続のモデムを買って、「はい、動きませんでした」ではどうしようもないではないか。
ならば、シリアルポートのある機械だ。外付けモデム全盛時の旧時代のパソコンには当然のようにシリアルポートがついているから、それを用意すれば大丈夫じゃないか。いや、ひょっとしたら昔のパソコンなら内蔵モデムでもソフトモデムではないかもしれない。えっと、中古パソコンは……、と、調べはじめて我に返った。それってなんだか本末転倒じゃないの?
ということで、冷静に考えて、パソコンのファクスマシン化計画は断念した。実に残念だ。まあ、そうこうするうちに、誰もファクスなんて使わなくなる時代が来るだろう。ちょうど、誰もワープロ専用機なんて使わなくなったように。